道産子ユーマの1ヶ月MTB life in松崎

こんにちは、ユーマです。

この度1ヶ月間Yamabushi trail tourさんで武者修行をさせて頂き、その感想を書かせて頂けることになりました。

まずは、僕がYamabushi trail tourさんで1ヶ月修行することになった経緯から。 3月で高校を卒業した僕は、次の進学までの1ヶ月少々で、雪のないところでMTBに乗りたいと計画していました。そして、そのことをバイト中のSAM’S BIKEさんで色々な方に話していたところ、舛森さんからYamabushi trail tourさんの存在を教えて頂きました。そこで僕は、現地に泊まり込んで、1ヶ月間で、伊豆の山を走り尽くそうと計画を立て始めました。そのことを舛森さんに話すと、なんとYamabushi trail tourの松本さんに連絡をして下さり、1ヶ月間バイトをさせて頂けることになったのです! まさに、怖いくらいに夢が叶ったのです。

そして高校の卒業式を終え、3月3日から、伊豆の松崎町にて1ヶ月mtb life in松崎が始まりました。 バイトの内容は、平日は主に侵食されて狭くなってしまった古道の拡張や、トレイルの枝葉や石を取り除く作業を。週末はツアーに混ぜて頂きMTBを楽しめる。というものでした。 しかし、伊豆の3月は1年で1番雨の多い時期だったようで、天候に左右される仕事故、特に月の前半はあまり作業を出来ませんでした。それでも、わずかな時間を見つけては、トレイル整備のノウハウをYamabushi trail tourの平馬さん、今井さんに教えて頂き、少しずつできることが増えていきました。なかでも、くわ(ツルハシのようなもので、先端が刃になったもの)でトレイル上の木の根を掘って切る「抜根」が1番大変で、やりがいのある作業でした。それから、鋤簾(大きめの桑)でボコボコした地面を平にしていく作業があり、古道を再生してトレイルにし、維持していくことのやり方を学ぶと同時に、大変さもよくわかりました。

色々なことを学びながら、朝から夕方まで作業し、宿坊のお寺に帰っては初めての自炊に奮闘するという毎日でした。 そんな中、友達ができました。地元松崎の同い年で、同じくYamabushi trail tourさんでバイトをしていて、なんと将来の仕事も同じという船津くんです。(ちなみに僕は船岡ですw) 同世代で、マウンテンバイクを乗っている人がいる。それだけで北海道ではなかなか無いことで、仕事が終わったあとも2人でRIDEしたり、共通の話題で盛り上がったり、とても良い思い出になりました。

長いと思っていた1ヶ月も半分が過ぎ、だいぶ新生活にも慣れた頃、沼津でクラウドファンディングについてお話を聞ける機会がありました。せっかくなので参加させてもらうことに。そこでも色々な方にお会いし、インザパークのパンプトラックや、修善寺のMTBコースのお話など、これから自転車観光が、ビジネスとして成り立っていくことが現実的であるという、今の北海道に持ち帰りたいお話をたくさん聞くことができました。 少し都会に行き未来の話を聞いたような気持ちで、松崎に戻ると、気が付けばもう残りはあとわずか。 しかし、幸運なことに月の後半は晴れの日が続き、トレイル整備やツアーでほぼ毎日動き続けられる日々が続きました。 その中で、30日のYamabushi trail tourの送別RIDEとお花見が特に最幸の思い出です。

その後、以前からSNSで交流があった方から小田原のMTBイベントに誘って頂けました。31日は特に仕事がなかったこともあり、予定を1日早めて北上することに。そこでも、松崎から三島まで、ツアー時にドライバーを務める齋藤さんに送って頂けて、97駅バスに乗ることを回避できました。

小田原では、浦島さん設計のコース「Forest bike」のプレオープンイベントで、素晴らしいコースを走れたことはもちろん、初心者の方や小さな子達がインストラクターの方に乗り方などを教えてもらいながら、楽しそうに走る姿を見ることもできました。 その日の夜は沼津で、画家の北見さんのビルに泊めさせて頂き、明くる4月1日、松本さんに横浜まで送って頂き、まだ少し雪の残る北国へ帰国の途に就き、素晴らしい1ヶ月が終わりました。

今回の修行で得たもの。 それは、知識として得たもの。経験として得たもの。人と関わり生まれた一生モノの繋がり。何もかも、何ものにも変え難い、貴重なモノとなりました。 最後に、今回の修行のきっかけを作って頂いた舛森さん、Yamabushi trail tourに受け入れて下さった松本さん、そして、準備や現地での生活を支えて下さった皆様、本当にありがとうございました。 今回の修行で得たものを、北海道のMTBシーンのNEXT STAGEにつなげられるようにしたいです。 先ずは、今季のban.K トレイルステーションのお手伝いとして頑張っていこうと思います。

貴重なお時間を割き、最後までご高覧いただきまして有難うございました。

UPDATE : 2018.04.06 matsumoto Category. : 未分類

TRAIL TRIP IN CAUCASUS〜いざ!はるか Atsunta passへ!〜

お疲れ様です、平馬です。

前回、標高1500mに位置するシャティリの村を出発しました。ここから約100kmのオマロの村に向かうバイクパッキングのスタートです。

そしてこの旅の最大の難関、標高3464mのアツンタ越えが始まります。

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アツンタまでのルートは、コーカサスの山々の谷の底を流れる川に沿って進みます。

高所から低所へ、地球の重力に素直に従う川の水が、僕らの正面から背後に流れていく様を横目に見ながらペダルを踏み出しました。

 

まずは次の村であるMutso(ムツォ)を目指してダブルトラックを進んで行きます。

天候は晴れ。傾斜も緩く、やっと山から顔を出した朝日を眺めながら気持ちよく走れました。

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谷の底を走るこの道の日照時間は短く、九月終わりのこの時期では立ち止まると少し肌寒いくらいの気温。

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道中、こんなダイナミックな地形があちこちにあります。

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近くの民家兼ゲストハウスで薪として使うのでしょう、大量の丸太が詰んでありました。

これを見て、日本に帰ったら薪割りをせねば。とすこーしブルーになりました。

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道沿いの山の斜面には、写真のような薄く割れた石が沢山あります。周りの山肌を見ると、斜め45度ほどの角度の無数の細かい平行線が見てとれます。

これらの石を使って、

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このような壁が出来上がるわけですね。日本にも多く見られる石積みのコーカサス版といったところでしょうか。

さらに進むと一台のトラックが。よく見ると若者が石を拾っています。

BOSSが聞いたところによると、この先のにある石の砦の修復に使うのだとか。

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日本から来たと伝えると「NINJA!」と騒ぐ彼ら。シュシュシュッと手裏剣を投げる真似をするとさらに盛り上がる彼ら。

忍者戦隊カクレンジャー世代の僕は、調子の乗って忍術も見せてやろうと思いました。

しかしいざやろうとすると印の結び方が分からず、何を思ったか薬師如来印を結んでしまい「なんだそれ」と急に冷めた目になった彼らに別れを告げて再び走り出しました。

 

そこから程なく、体感的にはあっという間にムツォの村に到着。

村といっても、道沿いに数軒の建物がある小さなもので、オフシーズンということもありひ人気はほとんどありませんでした。

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地図でいうとこの辺り。あれ?!もう半分近く来てるじゃん!と安堵していましたが、半分というのは地図上にしか過ぎず、まさに残り半分が鬼門、実際の進捗は20%ほどでした。

そんな中、タレ眉にぽかんと開いた口、ちょっぴり赤く染まった頬がなんとも愛くるしい表情の車を見つけました。

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名前は忘れましたが、BOSSが欲しかった車とのこと。

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記念にパシャり。

 

ここまでの道の傾斜のゆるさと走りやすさはムツォ〜シャティリ間で人の行き来があったからなのでしょうか、急に傾斜がきつくなり始めOSHIAGE STYLEに。

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この辺りからどこからともなく子犬が現れ、僕らを先導するでも遊んでいるでもなくついてくるようになりました。最高でした。

その後は橋を渡り、

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休みながら、

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雄大な山々を眺めながら、

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国境警備隊のチェックポストまでたどり着きました。

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この地域はロシアとの国境が近く、稜線の向こう側はロシア連邦北カフカース(コーカサス)連邦管理区に属するチェチェン共和国のため立ち入りの手続きが必要となります。

パスポートを提示し、どこからどこまで、何日間の日程なのかを聞かれ書類をもらいます。

『MATSUMOTO JUNICHIRO』と書かれかパスポートを見て、「マァーツー、モートゥォ⤴︎、、ユニチロ?」と問う警備員。

「YES」と答えるユニチロ。前回も書きましたが、ジョージアでは『J』の発音が『Y』になります。

次に『HEIMA KEITARO』に対し「ヘィ⤴︎マ、、カイタァ⤴︎ロ?」と問う警備員。

「‥いえす」と答えるカイターロ。昔住んでいたロシアでもそうでしたが、『ケイ』とは読んでもらえずずっとカイタローでした。

ともあれ無事に通行証をゲットして先へ進みます。

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ここからは一気に道幅が狭くなり、いよいよ秘境に来たという時間が湧いて来ます。

写真では左側にまだ車の通った跡が見えますが、ほんの数キロでこの道もほとんどわからなくなります。

代わりに現れるのは、山肌を血管のように這う細い放牧の道です。

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そのためところどころにこうしたペイントが施されています。これが、この道が正しいルートであることの証明であり、真ん中の色でそのルートの目的地、種類を示しています。

このマークはこの先いたる所で目にすることになり、人一人がやっと通れる道でこれを見つけた時には「よかった、この道であってるんだ」という安堵と「マジか、この道であってるんだ‥」というハイブリットな感情を僕にもたらせてくれました。

 

道幅は狭いながらも傾斜は緩く、順調に進んでいました。

ずっと川沿いに進んで来た僕らは、目の前の道が急に弱々しく消えかかり、何やら川の対岸にはっきりした道があるのを目の当たりにしました。

どこかで川を渡り損ねたかしらと考えながら対岸の方に目を向けると、直径10cmほどの木が川を渡るように倒れているのが目につきました。

流れ着いた流木かしらとよくよく見て見ると、両サイドが石で固定されているではありませんか。

そう、これ橋でした。

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BOSS曰く『今まで見たことのない真剣な表情』で橋を渡りました。

ふわふわとたわむ橋を渡り終え、果たして落ちていたらどうなっていたのかと思った僕は、近くになった150cmほどの木の枝を拾い川にさして見ました。

結果、川底までは届きませんでした。渡りきったからいいものの落ちていたら‥と考え、もう二度とこの橋は渡るまいと思いました。

 

しかし、10分ほど休憩したのち地図を確認していると、ルートを間違えていたことが判明。

本来の登り口を1kmほど過ぎていて、二度と渡るまいとついさっき思った橋を再び渡りました。川底が予想よりはるかに深いことを知っている2回目の恐怖は初回の比ではありませんでした。

子犬もいつの間にかいなくなっていました。

 

無事本来のルートまで戻った僕らを待っていたのは、無慈悲に等高線を貫く険しい道でした。地図上ではこの辺りです。

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日本にいる時からうすうす気づいていた、とても乗って登れる斜度じゃないということを確認してバイクのペダルを外しました。再び装着する機会があることを願いながら。

そして登頂開始です。

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やはり全体的に斜度はきつく、50mほど進んで一呼吸、また進んで一呼吸、1kmほど進んだら休憩、の繰り返しでした。

登り始めてすぐに、後ろからえらく軽装、というか何も持っていないおじさんが登って来ました。彼は軽く会釈するとひょいひょいと歩を進め、気づけばはるか上の道を歩いていました。そして僕らがキャンプ地にたどり着く前に、今度は大荷物を背負って下りて行きました。

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標高が上がるほどに険しさを増す道。『押し上げ』より『持ち上げ』が多くなります。

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それでも、周りの山々を見ると確実に標高が上がっているのが分かりました。

一体いつになればたどり着くんだと感じる果てしない道のりの中でも、少しづつだけど着実に進んでいる実感がわきます。

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途中、枝が切られてた跡を見つけ、人間の行き来を感じました。

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と、何やら楽しそうな格好の実に励まされたような気もしました。

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さらに標高は上がり、森を抜け草原地帯に出ました。

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一気に視界が開けた開放感から周りを見渡すと、さっきまでその中を歩いていた森が眼下に広がっていました。

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気がつけば日も暮れかけ。なんとか最初の関門を突破した僕らはここをキャンプ地とすることにしました。

ここで取り出したるは、『A&F CORPORATION』(株式会社エイアンドエフ)様よりサポートしていただいた、『HILLBERG』社製の『ROGEN2.0(ルーガン)』なるテントです。

軽量、高強度なテントで張るのも簡単。キャンプ童貞だった僕でもすぐに張ることができました。

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遠征前の予行演習で裏山生活をした時にも使用しました。一人だと広すぎるほどのスペースで通気性もよく、湿気の多い西伊豆でも快適でした。

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二人でも十分なスペースがあります。中は暖かく、吹きすさんでいた風の影響もありませんでした。

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移動中は写真のようにバイクのハンドルバーに装備。かさばることなく軽量なため問題なく走れます。

 

テントを張り終えるとどこからか人の声が。振り返ると、声と枝で巧みに羊を誘導する羊飼いのおじさんが。

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カメラを向け写真を撮っていると、

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数匹が僕に気づき立ち止まるとそれにつられて列全体が立ち止まりそれに気づいたいおじさんが僕らに気づき歩いてきました。

それにしてもめっちゃ見てくるやん。

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とてもフレンドリーかつ味のあるおじさんは笑顔で僕らに話しかけてきてくれました。

ジョージア語で話すおじさんが何を言ってるかはほとんどわかりませんでしたが「向こうに水場がある」ということだけはわかりました。

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太陽が山に隠れるとあたりは一気に薄暗くなり、

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あっという間に夜の闇に包まれます。

さっきまで吹き荒れていた風は止み、耳鳴りがうるさいほどの静寂が訪れました。

そんな静けさに耳を傾けるうちに、気がつけば寝ていました。時刻は7時半頃だったと思います。

 

 

明くる朝、夕暮れとは対照的に青々とした景色のなか目覚めました。

日の出が遅く、夜明けの空気が張り付いたままの景色はとても美しかったです。

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ここから今回のメインディッシュである峠越えが始まります。

荷物をバックパックに詰め出発の準備を整えます。

不思議と体に疲れはなく、快調なスタートとなりそうでした。

 

今回僕らが背負って行ったバックパックは、テントに同じく『A&F CORPORATION』(株式会社エイアンドエフ)様よりサポートしていただいた『MYSTERY RANCH』社のものです。

BOSSは『COUREE25』僕は『SCREE』というモデルを提供していただきました。

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このバックパックは”無段階調整が可能なハーネスシステムでユーザー1人ひとりに最適なフィットを実現”するというユニークなもの。

XS〜Lまでのサイズに加えそこからさらに個人の体型に合わせて無段階にフィッティングが可能になっています。

これにより背負った時のフィット感が増し、重さの分散率も上がり疲れにくく動きやすいというナイスなバックパックでした。

そのほかにも、40年の歴史の中で培って来た技術と経験がふんだんに盛り込まれていますので、気になる方はぜひチェックして見てください。

 

長くなってしまったので今回はこの辺で。

続く

最後まで読んでいただきありがとうございました。

平馬

UPDATE : 2017.10.29 matsumoto Category. : CAUCASUS-コーカサス, TRAIL TRIP, サポートメーカー, 未分類
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